皆さんは、“生活不活発病”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
長時間の安静により、心身両面の機能が衰えてしまう症候群のことを指します。
新しく“生活不活発病”と提唱されたこの名称は、一般の方のみならず、多くの医療従事者にとってもまだ馴染みが薄く、むしろ従来の“廃用症候群”と呼ばれることが多いのが実情です。
ただ、かつて認知症が“痴呆症”と差別的な語彙が含まれて呼ばれていたこともあり、一部の医療関係者から“廃”という字は好ましくないという提唱がなされました。
最近では、報道などでも“生活不活発病”という名称が紹介されつつあるようです。
とくに、
- 高齢社会で身体機能が衰えやすい人口層が増えること
- 大災害のあとに多くの“生活不活発病”の症例が報告されたこと
・・・から、新たな呼び名とともに、その対策法についてリハビリテーション学の分野で注目が集まっています。
本稿では、この災害時におこる“生活不活発病”の概説と、その対策についてとりあげてみたいと思います。
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動かないでいることで発生する“生活不活発病”
病院で勤務をしていると、
「先生、家にいると心配だから入院させて」
と頼まれることがあります。
当然、緊急性の高い疾患であれば即入院のうえで精査・加療を行います。
ただ、介護目的での緊急入院を希望される方もおり、本来は救命目的の救急診察の場が、介護困難者の駆け込み寺のような様相に変わりつつあります。
本来、病院は医療施設であって介護施設ではありませんから、介護目的の入院は適応外なのです。
ですが、介護施設が満床で入所することができず、かつ老老介護のために自宅で世話もできない、といった諸事情の方も大勢います。
そのような背景をまったく無視するのも人情としてはばかられるところがあり、救急の現場を困らせる社会現象となっています。
また、世間一般的に「入院していれば元気になる」という一種の暗示のような風潮もあるようです。
ところが、入院したことがきっかけで、全身が衰え、認知症も発症、ないし進行するケースが多いという事実は、まだあまり知られていません。
ですから、
「入院していれば元気になるハズなのに、活気がなくなっていく」
と困惑されるご家族もいます。
それは、安静によって認知機能や筋力が低下してしまうことを知らされていないことによるものです。
当然ながら、疾患の中には、状態が不安定なうちは安静が必要なものもありますから、
「ある程度落ち着くまではあまり動き回らないように」
と指示されることもあるでしょう。
そうでなくとも、入院環境そのものが、患者さんに刺激の無い単調な生活を強いることになりますし、“することがない”ので、その活動量はベッド上でテレビを見たり、本を読む程度になります。
そうすると、全身の筋肉を使わなくなり、“生活不活発病”に陥るのです。
”生活不活発病”となってしまうと、入院時の原疾患が軽快しても介護の必要度が増加し、家族に大きな負担を課せてしまいます。
実際の臨床の現場でも、多くの高齢者において、小康状態に移行した頃には足腰が立たなくなっていて、車いすに乗って退院、というケースが多く見られています。
自宅で生活を送られるようにリハビリテーション目的で転院する例も多いのですが、地域によってはそうした慢性期の病院が不足しています。
第一、入院生活そのものが“生活不活発病”の温床のひとつですから、入院しながらのリハビリテーションに対して、「入院前と同程度の心身機能に戻せるはずだ!」と大きく期待するのは、現実的に難しい面があります。
生活不活発病は、スパルタ並のリハビリテーションに励むことでわずかに回復する余地がありますが、高齢者では老衰の側面も有しているため、衰弱する前の状態に戻すことは至難の“難治性”だと考えるべきです。
むしろ、できるだけ生活不活発病に陥らないような予防策が重要です。
災害時にみられた生活不活発病
震災などの被災者は、地域の避難所により集まり、政府の保護を受けます。
この保護下において、被災者たちは何を行うのでしょう?
答えは、「何もない」です。
正確には、様々な支援の申請や手続きなどに奔走するのですが、それら行政手続きは、世帯主ないし元気な代表者が一人で行える内容のものばかりです。
被災者たちは保護されている立場なのですから、自発的に行動をすることがなくなり、避難所でゴロゴロしてばかりになります。
この状況・・・なんだか入院生活に非常に酷似していますね。
本稿の読者にぜひ想像していただきたい例を挙げてみます(非常にリアルな内容ですが、すべてフィクションです)。
その構成は、祖父と息子夫婦、幼い孫―だとします。
被災して逃げてきた避難所で、息子、ないし姑さんが、
「おじいちゃん、避難暮らしで疲れたでしょう。休んでて」
と、いたわります。
おじいちゃんも持病の腰痛と膝の痛みがあるうえ、息子夫婦に心配をかけさせたくないとも思い、あまり動かずに昼寝をするか新聞を読む程度で過ごすことにしました。
そうこうしているうちに、この家族は、1か月後に仮設住宅に移ることになりました。
「さて、ようやくプライベートな空間に引っ越しだ」
と腰を挙げようとしたとたん、おじいちゃんは尻もちをついたり、ヨタヨタとおぼつかない足取りで避難所の玄関を出ようとします・・・が、玄関の階段でつまづいてしまい、転倒してしまいます。
痛みが強く、病院に行ったところ、大腿骨が折れていました。
入院を余儀なくされ、また安静生活に。
手術はうまくいきましたが、明らかに以前より活気が無くなり、会話もかみ合わず、物忘れも目立ってきました。
リハビリテーションを始めてみたものの、身体の活動性は車いすに移乗するのがやっと、という状態までしか回復しませんでした。
ボーッとすることが増えて、食事の際にむせこむシーンが散見されるようになり、今度は誤嚥性の肺炎と栄養不足に陥ってしまいました・・・。
いかがでしょうか。
極端な例え話と思われるかもしれませんが、これがご高齢の方が一気に衰弱する典型的なエピソードなのです。
新潟中越地震後の調査によると、震災後に歩行困難に陥った高齢者は被災者の30%にのぼるとされており、生活の自立度も著しく低下していることが示唆されました。
東日本大震災でも同様の結果だったようで、避難生活下で活動力が低下し、心身の機能までが低下した例が数多く報告されたのです。
高齢者を支える周囲の人々が、今まで良かれと思っていた良識的行動が、過剰な安静を強いることにつながりうる、ということを認識しなければならないのです。
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生活不活発病を予防するには
災害時の生活不活発病を防ぐには、ⅰ)被災者自身の工夫と、ⅱ)支援者たちの工夫の2点が重要だと思います。
被災者自身の工夫
実際の介護の現場において、介護ワーカーたちの常識となっているものが、
「過剰介護は避けること」
といわれています。
自力でできることにまで介護者が介入をしてしまうと、その介護を受けている高齢者はどんどん弱っていってしまうのです。
避難所での生活においても同様のことがいえるでしょう。
弾性シートを敷くとはいえ、冷たく固い体育館の床に寝泊りするのですから、なかなか疲労は回復しません。
ましてや、周囲に大勢の他人がいて、24時間絶え間なくマナーを意識しなければなりません。
笑い声すら自制しなければならないような緊張感に包まれているのですから、心身共に疲れてしまうでしょう。
腰痛や喘息、頻尿などの持病があれば、症状の悪化や、自分の咳きこみやトイレ移動が周りに迷惑をかけないか気になるかもしれません。
ある避難所では、トイレに行くためには、他人の陣地を通らなければならなかったそうです。
自分がトイレに通るたびに、他の家族に道をあけてもらっていたため、だんだんと申し訳なくなり、あまりトイレに行かなくて済むようにと、わざと飲水を抑えていた方もいたと聞きます。
無理して飲水を我慢する行為は、脱水症や血栓症の危険を増すことにつながるのですが、避難所での実情を示す逸話です。
こうした事情が重なると、「避難生活の間は、あまり無理せずじっとしていよう」という発想が生まれるのも当然だと思います。
しかし、何かしらの活動を行っていなければ、生活不活発病に陥ってしまうことを忘れてはならないのです。
炊き出しや配給の行列に並ぶ・・・それだけでも、自分たちの陣地でじっとしているよりは体の衰えを予防できるでしょう。
むしろ、「やることがない」状況を打開して、自分たちでできる作業をどんどんやっていくべきなのです。
避難所では、やらなければならないことが沢山あります。
避難所内外の清掃作業や、被災した家屋からの回収品の整理、物資の搬入作業など、人手はいくらあっても足りません。
被災者たち自らが、生活不活発病に陥らないように、できるだけ体を動かしていく必要があるのです。
支援者たちの工夫
被災者の支援者たちとは、具体的には行政の支援団体や外部ボランティアたちを指します。
彼らにも、被災者たちに過剰な安静を強いらないように意識してもらうことが大切です。
支援者たちは、そもそも善意で被災者たちを助ける集団ですから、被災者たちを休ませて、自分たちがエネルギッシュに働こうとする傾向があります。
ところが、支援者たち自身も、被災者たちの仕事まで取り上げないように心掛けなければならないのです。
炊き出しや清掃作業などを、被災者たちの中から有志を集って行うのもよいでしょうし、一共同体である町内ごとの当番制にしてもよいと思います。
そのためにクリアしなければならない課題は、
「被災した儂らまでこき使うなんて、ひどい」
などと誤解されないように、先んじて“生活不活発病”を啓蒙しておくことでしょう。
―混雑した電車内では、お年寄りに席をゆずるもの―
このような思いやりの社会通念が浸透していることは素晴らしいのですが、長時間にわたる安静は体の衰弱を招く、ということも、社会全体に浸透させなければならないでしょう。
ほかにも、行政に携わる支援者たちも、被災者たちの積極的な活動に対し、(必要に応じて)肯定的に考える視点を持つようにしなければなりません。
ともすれば、行政の視点では「どこで誰が何をしているのか管理しにくくなる」と、考えがちです。
命令系統が混乱した非常時ならば、なおさら保護対象たちにはじっとしていてほしいところでしょう。
仮に、被災者たちが自分たちの活動量の低下を予防するためにレクリエーションや自発的な復興活動を企画し、避難所に常駐する役人にその許可を求めたとしても、役人はイレギュラーな相談内容に対応できず、被災者からの提案をたらい回しにしてしまうでしょう。
「避難所ですることがない」という事態が、実は切羽詰まった課題であるということをまず支援者たちにも認識してもらう必要があるのです。
非常時のときほど、常時の行動を!
“生活不活発病”は老衰を加速させる側面があるため、今後さらに高齢化が進むにつれて深刻化していくと思われます。
心身機能が低下した本人のみならず、働き盛りの家族が介護の負担を強いられるために、社会経済的損失も大きいとされています。
少しでも将来の介護負担を減らし、いわゆる健康寿命を長く保てるように、災害時であっても体を動かすことを忘れないようにしたいものです。

避難所生活で”することがない”状態が一番よくないってことだね!
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