毎年のように報道されるインフルエンザウイルス感染症。
かつては“スペインかぜ“という最大級の世界的大流行に発展したこともある一大感染症です。
“スペインかぜ”・・・すなわちインフルエンザウイルス感染症による死者数は5000万人以上にものぼり、当時勃発していた第一次世界大戦の終結にも影響を与えました。
その後もたびたび世界的に流行し、日本においては冬から春にかけての季節病のひとつになっています。

海外からの観光客のお話なんだけどね・・・

なになに?

冬~春に日本を旅行していて、日本人がみんなマスクをしているもんだから、”毒ガステロか!?”と驚いたそうだよ

たしかに、インフルエンザと花粉の季節だもんね・・
非常に蔓延しやすいインフルエンザ。
冬場に災害が発生し、大勢の人が避難所で暮らした場合、この感染症は大きな問題になるでしょう。
本稿では、避難所でのインフルエンザウイルス感染症の予防や対策について、いろいろ考えてみたいと思います。
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インフルエンザウイルスは、なぜ広く流行するのか
そもそもインフルエンザウイルスは、どうして広範囲に流行するのでしょう。
その理由のひとつが、呼吸器感染症という点です。
インフルエンザウイルスの増殖のしくみ
インフルエンザウイルスは、人間の喉などの呼吸器にとりつき、そこで増殖します。
人間の細胞内にもぐりこみ、ウイルスのコピーを次々と量産していくのです。
他人の家に勝手に侵入して、勝手にコピー機を拝借するようなものですね。
どんどんコピーが生まれていくと、細胞が破裂して、多量のウイルスたちが他の細胞にもばらまかれます。
こうしてウイルスたちは、どんどん増殖していくのです。
感染様式ごとに、対策をかんがえよう
ひとくちに感染といっても、その広がり方はさまざまです。
※感染様式とは、「どのように感染が広がっていくのか」を指します。
飛沫感染について
そしてその増殖の場が呼吸器の細胞であるため、呼吸器からの分泌物―すなわち“つば”や痰、鼻汁にも大量のウイルスが含まれます。
ウイルスを抱え込んだ呼吸器の分泌物は、咳、くしゃみなどによってしぶきとなって飛散し、周囲の人の呼吸器に入り込み、感染をひろげていきます。
こうした感染様式のことを飛沫感染といい、インフルエンザウイルス以外の多くの感染症がこれに該当します。
「直径5μm以上の水滴を抱えた水しぶき」
というイメージでしょう。

ちなみに、直径5μm以下の粒子は、水を含まず軽いから、2m以上も飛散するんだって。

”飛沫感染”に対して、”空気感染”というんでしょ?

そうそう。麻疹とか結核が該当するみたいだね。
飛沫感染は水滴を含んでいる分重たくなり、およそ1~2mほどで床に落下するとされています。
「なら、ちょっと離れれば大丈夫じゃないか」
と思う方もおられるでしょう。
しかし、この飛散する距離は、湿度や風向きによって大きく変化します。
当然、風がつよく、かつ風下にいれば4~5m離れていても飛沫感染します。
したがって、風の吹かない室内空間であれば、感染者から2mほど離れていればよいのですが、避難所では多くの人が行き交いますし、そもそも避難者がひしめき合っていれば、感染者から距離をとりたくてもとられないでしょう。
現実的な対策としては、段ボールなどで壁を作ることです。
簡易の隔壁は、プライバシー保護という一面が目立ちますが、感染防御という機能の方が重要なのではないかと思います。
同様に、感染者自身も感染拡大を防ぐために、マスクを着用・・・すなわちエチケットを意識することが大事です。
なお、エチケットに無頓着な方もおられるかもしれません。
その場合には、行政など発言力と執行力を有した機関の人々が、積極的にマスクを着用するよう呼びかけるべきでしょう(避難者同士の声かけに頼ると、カドがたつでしょうし)。
ちなみに、「インフルエンザウイルスは空気感染を起こすこともある」という説もあります。
2018年1月18日付で報告された米国での研究によると、インフルエンザにかかった患者さんの吐息だけでも、エアロゾル(ウイルスを含んだ粒子)が発生していることが示唆されたのです。
この研究は、患者さんの数が140人前後と少ないうえに、研究手法もウイルスが飛散する様子を直接証明したわけではないため決定力に欠ける報告なのですが、実際の流行の様子を見る限り、インフルエンザウイルスには空気感染の要素があっても不思議ではない気がします。
(実際、平成18年の厚生労働省の区分には、インフルエンザウイルスは“一部が空気感染”とされていた時期がありました。)
もし、インフルエンザウイルスに空気感染の要素があるのだとすれば、ウイルスが“舞い上がって”拡散していくのですから、避難所内で隔壁を立てるだけでは力不足です。
たとえ感染していなくても、できるだけ自分もマスクを着用し、自らの吐息で吸気を加湿させ、ウイルスを水際で食い止める工夫が必要でしょう。

最近は「フィルター付き」と書かれたマスクが登場してけど、あれってどうなの?

う~ん。目に見えないミクロなウイルスを相手にするんだから、マスクと皮膚の隙間からでもウイルスは入り込むみたいだよ。

じゃあ、マスクは意味がないの?

自分の吐息でマスク内の空気を加湿する効果があるから、その微小な水滴がウイルスを捉えるバリアとなってくれるんだって。
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花粉症の方ならおわかりでしょうけれども、花粉をマスクだけでは防ぎきれませんよね?
ウイルスはその花粉よりもはるかに小さいのですから、マスクと皮膚の隙間など簡単に通過してしまいます。
でしが、前述の理由によって、鼻と口をマスクで覆うのは予防の観点からも意義が高いと思います。
つぎに、昨今話題になっている水を小まめに飲むことでの予防方法も有力視されています。
「頻回に水を飲んで感染予防につとめる」
とは、脱水を予防するという意味ではなく、「のどの粘膜に付着したウイルスを洗い流そう」という意味です。
ウイルスが粘膜表面の防御線を突破するのに、15分から20分ほどかかります。
したがって、20分おきに一口でもお茶を飲んだり、あるいは唾液を飲み込むだけでも効果がある筈なのです。
ここで「ある筈」と歯切れの悪い表現になってしまったのは、理論的には効果がありうるとしても、大勢の人間を対象にした統計的手法解析で証明されたわけではないので、この予防法の効果を断言しきれないのです。
こうした研究にはスポンサーがつきにくく、研究してもあまり研究者の懐が温まらないという背景もあって、なかなか実証に至らないのが実情です。
個人的には、「『風邪予防』はダメでもともと」と思っていますから、難しい研究手法で効果が立証されていないとしても、“手軽に予防できるかもしれない”飲水法はおススメしています。
余談ながら、「うがい」という文化は日本の風習に近い予防法ですので、これも大勢の人間で効果が実証されていない方法です。
意外ですね。
接触様式について
そのほか、接触感染にも注意しなければなりません。
接触感染とは、病原体に触れた手で物を食べたりすることで発症してしまう感染様式のことです。
咳きこむとき、エチケットとして手で口元を抑えたりされる方が多いのですが、その手のひらはウイルスまみれになります。
ウイルスにまみれた手でドアノブに触れたりすると、そのドアノブにもウイルスが付着します。
公共物はこのように誰が何を付着させたかわからないので、接触感染の温床なのです。
ちなみに、インフルエンザウイルスのみならず、ノロウイルスなどもこうした接触感染によると言われています。
基本的な対策法は、手洗いであるのはいうまでもありません。
誰が触れたかわからないもの・・・カーテンや、ドアノブなどには、すべて病原体が付着していると思ったほうがいいでしょう。
石鹸できちんと手洗いすれば防げるものが大半です。
ところが、災害時に「石鹸が無い」、「水も足りない」という状況もあるでしょう。
そうなれば、当然ながら自分の手に付着した菌やウイルスを除去できません。
そこでとるべき対策は、事前の準備に他なりません。
防災グッズには必ず除菌アイテムを常備しておくべきですし、物を食べる際に、直接手で触らなくても良いように食器も準備しておいた方がよいでしょう。
ここでおすすめなのは、サランラップを活用する方法です。
避難所で食器を洗うことはできませんから、サランラップを食器に敷いて使用するのです。
そうすれば、ラップを交換するだけで同じ食器を清潔に使い回せるようになります。
大事なのは除菌されていない手で、直接食べ物に触れないことです。
その観点からいえば、被災者を助けるつもりでおにぎりやサンドイッチなどを差し入れる行為は慎んだほうがよさそうですね。
なぜ冬季に流行するの?
この疑問、誰もが感じる内容なのですが、クリアカットにはまだ誰も説明できません。
「季節風にのって海を越えて日本に上陸する」
という説を耳にしたことはありますが、筆者が探してみたかぎり、その論拠は特定できませんでした。
ただ、間違いなく言えるのは、低温で免疫力が低下したなかで、空気が乾燥していることが流行に関わっていることです。
空気が乾燥していれば、飛び散るウイルスにとっては水分という障壁がないのと同じですから、遠くまで飛んでいくことができます。
感染場所の咽頭部に潤いがないため、ウイルスがとりつきやすいという側面もあるでしょう。
もうひとつ、インフルエンザウイルス感染症が冬季に流行する一因となっているのが、年末年始から年度末にかけて、人の移動が非常に多いという社会的背景です。
年末年始に帰省したり旅行したり・・・と、日本全国が人の移動でかき混ぜられます。
実際、インフルエンザウイルス感染症が例年流行するのは年明けですから、こうした大勢の人の移動がウイルスの拡散に一枚かんでいるのは大いにありうると考えられます。
以前、東京大学が入学試験を秋に変更しましたが、個人的には賛成です。
人生の転機になるような大学受験を、なにもインフルエンザウイルス感染症の流行期にわざわざ行う必要はないのですから。
まとめると、冬季にインフルエンザウイルスが拡散する理由は、
- 乾燥
- 免疫力低下
- 人ごみ
・・・の三つであろうと考えられます。
したがって、冬場の避難所での対策を考える際、これら①~③を防ぐ方法を考えればよいので、
- マスク着用や湯を沸かすなどして、十分な加湿を行う
- 薄着は避けて、汗をかいたらすぐにふき取り、体が低温になるのを回避する
- 吐息が入り混じり、感染源が巻き上がるため、一定の時間おきに換気をする
とくに、冬場の換気は一酸化炭素中毒予防という点でも重要です。
同じ避難所で暮らす人みんなが、換気の重要性を知り、協力しあえるように情報を共有していきましょう。
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ワクチンについて
さいごに、インフルエンザウイルスに対するワクチン接種についてとり挙げます。
ワクチンは避難所では実施困難でしょうから、被災する前に済ませておく下準備のひとつになります。
実は、インフルエンザワクチン接種の必要性、予防効果はドクター間でも意見が分かれるところです。
世間では「インフルエンザウイルス感染症にならないように」という意味合いで捉えられていま。
ですが、ワクチンは「対象ウイルスが攻めてきた時に、敵性ウイルスのデータを既にキャッチしているぶん、有利に戦いを進められる」というものですから、感染そのものを予防しているわけではありません。
どちらかというと、「感染しなくなる」のではなく、「重症化を防ぐ」のがワクチンの働きです。
もともと体の弱い方は、インフルエンザウイルス感染症が引き金で肺炎に至る場合もあるため、このような体力の低下した方は、ワクチンは接種した方がよいとされています。
一方、健康な人であれば、「ちょっとだるいな」程度の症状で済んでしまい、知らないうちにインフルエンザウイルス感染症を撃退しているかもしれません。
多くの感染症患者さんを診察させてもらってきた筆者の立場からいえば、たった数日間で後腐れなく軽快するという点で、「インフルエンザウイルス感染症はタチのいい疾患」とすら感じています。
ですから、元気な方がワクチンを必要とするかどうかは、強制して決められるものではありません。
「やっても損はない」という程度で考えていいと思います。
ですが、災害対策という視点に立ってみるとどうでしょうか。
医療設備をあてにできない状況下では、たとえ元々健康体だとしても、寝込んでしまうのは避けたいところです。
「災害時に感染した場合の重症化を防ぐ」
ということを意識するとキリがないかもしれませんが、防災とは平常時の取り組みに依存する性質のものである以上、できれば被災前にワクチンを接種しておいた方が無難であろうと思います。
ワクチンに関する余談ですが、経鼻型ワクチンというものが存在します。
いちいちチクリと刺さなくてもよいワクチンです。
吸い込むだけで効果があるなら、きっと需要は大きいでしょう。
ところが、以下に述べる事情により、このワクチンが日本に上陸するのは当分先になりそうです。
2015年に、日本の某大手製薬会社が、経鼻インフルエンザワクチンの日本における独占販売権を手に入れたのですが、翌2016年に米国疾病管理予防センター(CDC)がこの経鼻ワクチンを「推奨しません」と言い出してしまったのを受けて、日本での販売も中止になったのです。
中止にならなければ、2017年には市場に出回る予定だったのですが・・・。
しかし2018年になると、CDCが手のひらを変えたように、この経鼻ワクチンを「推奨する」と言い出しました。
既にこの製薬会社は日本での販売意欲がなく、いつ日本でこのワクチンが使用できるのか、見通しもたっていません。
“痛くないワクチン”なら、予防接種率ももっと変わってくるような気がしているのは筆者だけでしょうか。
まとめ
冬季の災害時、避難所で感染症が蔓延する可能性があります。
とくに、インフルエンザウイルス感染症の感染様式は、従来の飛沫感染のみではなく、空気感染の要素も疑われ始めているため、十分な対策が必要です。
接触感染も防がねばならないため、手洗いができない場合、直接手で食べ物に触れないようにしましょう。
インフルエンザワクチンは、感染時の重症化を防ぐ意味合いもあるため、体が弱い方は接種しておいたほうが無難でしょう。
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