近年、災害列島という言葉をよく耳にします。

大地震や大雨、記録的猛暑など、数か月おきに天災が発生し、災害報道が絶えることがありません。

気象変動を正確に予測することは困難を極め、いつ起きるのかもわかりません。

徐々に寒さが厳しくなり、押入れからストーブを出した方も多いかと思いますが、災害がこのような本格的な冬場に発生しても不思議ではないのです。

災害は、派手な天災に限った話ではありません。

日常生活においても、一般家庭で用いられるストーブやガスコンロの使用によっても起こりえます。

とくに暖房器具は長時間連用されるケースが想定されますから、注意が必要でしょう。

最近の暖房器具としてはスチームやオイルヒーターなども流行していますが、依然として昔ながらの石油ストーブも頻用されています。

やはり、石油ストーブ本体の価格が安いこと、部屋を一気にあたためるパワー、高齢者に馴染み深く使いやすい、といった点が人気なのでしょうね。

ところが、この石油ストーブ。

致死的な一酸化炭素中毒の原因となることをご存知でしょうか。

毎年、一酸化炭素中毒に関する注意喚起の報道がなされますが、一年も経ってしまうと、どのような症状がみられるのか、そして予防法について忘れてしまう方も多いようです。

冬場になるにつれて増加するとされる一酸化炭素中毒。

その概要と症状、予防を簡潔に述べていきたいと思います。

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ヒトの呼吸についてのおさらい

空気

人間は、普段から呼吸をして生活をしています。

酸素を吸いこんで、二酸化炭素を吐きだす・・・この活動で、体内の糖や脂肪を燃やしてエネルギーに変えているわけですね。

では、人間はどうやって酸素を全身のすみずみに送りとどけているのでしょうか?

ご存じの方も多いでしょうが、酸素を運ぶはたらきをしているのが、赤血球と呼ばれる血液成分です。血液に含まれる赤い色素のことですね。

赤血球にはヘモグロビンという酸素を受け取る部分が備わっています。ヘモグロビンは鉄分で構成されており、非常に錆びやすい・・・つまり、酸素とくっつきやすい性質でできています(だから赤いのです)。

ヒトのカラダは、ヘモグロビンの“錆び”の性質を利用して、肺から全身に酸素を送りとどけているのです。

では、もしも酸素を受け取ったヘモグロビンが、酸素を手放してくれなかったらどうなるでしょう?

たとえるなら、ヘモグロビンは宅配便屋さんです。

酸素という荷物を体の細胞に届けるのが仕事なのですが、その宅配便屋さんの耳元で、

「荷物なんて渡さなくていいんじゃない?」

と、ささやく邪魔者がいたとしたら・・・。

もしかしたら、宅配便屋さんはその言葉にだまされて、荷物を渡さずに去って行ってしまうかもしれません。

一酸化炭素とは、ヘモグロビンという宅配業者にとりついて、酸素を手放さないようにさせてしまう物質なのです。

すると、カラダ中の細胞は、酸素を分け与えてもらえずに酸欠に陥ってしまいます。

今回のテーマである一酸化炭素中毒とは、このようなアブナイ疾患なのです。

一酸化炭素中毒の概要

そもそも、”一酸化炭素”とは何なのでしょう?

”二酸化炭素”なら有名なのですが、”一酸化炭素”となると、なかなかうまく説明できない方も多いのではないかと思われます。

まず、”一酸化炭素”についておさらいしてみましょう。

一酸化炭素とは?

よく誤解されますが、一酸化炭素は無色無臭、かつ透明な空気です。

煙くさくて、

「うわっ、一酸化炭素だ!」

と騒ぐ方がいますが、それは他の匂いです。

一酸化炭素は、誰に気づかれることもなく、静かに体内に入り込む厄介な気体なのです。

この一酸化炭素は、薪や石油ストーブ、ガスコンロ、たばこ、自動車の排気ガスなどの不完全燃焼によって発生するとされていて、ヘモグロビンと強力にくっつく特徴があります。

もともと、ヘモグロビンは酸素とくっついていないと安定しない物質です。

ところが、ヘモグロビンと一酸化炭素の組み合わせは酸素以上に相性がよく、物質としてすっかり安定化してしまうようなのです(化学結合の話になりますので詳細は割愛)。

「物質としての安定化」とは、分離しにくくなることとほぼ同義です。

すなわち、一酸化炭素にとりつかれて安定化したヘモグロビンは、酸素を分離させられなくなるのです。

こうなると、呼吸はできても酸素を全身に送り届けることができなくなります。

体内で窒息するようなものですから、非常に危険ですね。

さらに、最近は一酸化炭素そのものによる組織障害作用が注目されています。

細胞レベルでの代謝が阻害される直接的な障害もあれば、活性酸素などの化学物質が分泌され、間質的に障害を受ける場合もあります。とくに後者では難治性の神経障害の原因となります。

こうした危険な状態を、総じて一酸化炭素中毒と呼んでいます。

中毒死の最多を占める!

さて、世の中にはさまざまな“中毒”があります。

社会問題にもなっている薬物中毒などは有名ですが、他にもキノコ中毒やフグ中毒、そして忘年会シーズンによくみられるアルコール中毒なども挙げられるでしょう。

そのような“中毒”による死亡者のうち、もっとも最多の約60%を占めるのが一酸化炭素中毒といわれています。

暖房が欠かせない冬場で急激に増加するのが特徴のひとつで、毎年冬になると、一酸化炭素中毒のため入院を余儀なくされる例が後を断ちません。

様々な暖房器具が登場した2000年代以降になっても、一酸化炭素中毒での死亡者数は、年間5000人前後で横ばいに推移しているのです。

残念なことに自殺目的で練炭や排気ガスを吸って中毒になる方もいますが、

「暖かい部屋でずっと仕事をしていたら、どういうわけか頭が痛くなってきた」

というパターンも多いです。

もちろん他の頭痛を伴う疾患の場合もありえますが、暖房を効かせた屋内での発症というエピソードであれば、一酸化炭素中毒による頭痛(酸欠)の可能性も疑ったほうがよいかもしれません。

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一酸化炭素中毒の症状

症状

一酸化炭素中毒の症状は非常に多彩です。

    • 軽症例:軽い頭痛程度など
    • 中等症:視力低下、強い倦怠感、歩行困難など
    • 重症例:意識消失、けいれん、呼吸停止など

 

・・・がみられます。

恐ろしい点は、中等症になると全身の脱力感が著明になり、歩けなくなることです。

その場から動けなくなるため、換気をすることができなくなり、一酸化炭素をさらに吸い込んでしまうのです。

映画やドラマで、火事の屋内に取り残されて身動きをとることができなくなるシーンがありますが、あれも一概に演出のためとは言い切れないのかもしれません。

長い時間一酸化炭素にさらされたケースでは、視力障害や心臓病に障害が残ることがあるとされています。

また、一酸化炭素中毒の患者さんで頭部CT検査を行うと、脳の一部が変性化した所見がみられることがあります。

神経が変性することで、全身の動きが固くなる神経疾患・・・パーキンソン症候群などを後遺症として残してしまうこともあります。

このように、一酸化炭素中毒には、体内での酸素欠乏症という急性疾患の側面だけではなく、恒久的な諸臓器の障害を残してしまう一面もあるのです。

一酸化炭素中毒で特徴的な所見としては、皮膚が鮮やかな紅色になることも挙げられるでしょう。

一酸化炭素とくっついたヘモグロビンが、淡いピンク色を呈することに由来した皮膚症状です。

よって、冬場に「顔が赤くて具合が悪い」といって来院され、風呂や暖気にのぼせたのかな・・・と思っていたら、本疾患だったという場合もあるかもしれません。

実は皮膚が紅潮する現象を利用して、かつて刺身の肉に一酸化炭素を吹きかける方法がとられた時代がありました。

一見すると新鮮な色合いになるため、消費者の目をごまかすことができるという手法でした(この手法は、食中毒のリスクを高めることから、現在は禁止されています)。

一酸化炭素中毒の治療

一酸化炭素中毒は、単なる酸素欠乏ではありません。

酸素を与えても、体内でそれを運搬する血液自体に問題があるのです。

したがって、一酸化炭素中毒に対する治療法は少し特殊です。

高圧酸素療法といい、軽自動車ほどの大きさの特殊な装置の中に入って、2時間ほど高い気圧をかけながら酸素を体内に染み込ませるのです。

ただし、この高圧酸素療法の器材は特定の施設にしか置いていません

高圧環境下での脳損傷、脳浮腫といった合併症も報告されていますし、大規模な臨床試験で科学的効果が実証されている方法でもないため、高圧酸素療法の適応があるかどうかについては、専門医との相談が必要です。

体内のすべてのヘモグロビンが一酸化炭素にとりつかれているわけではありませんから、高濃度の酸素マスクを吸入しているうちに軽快する症例も多く、治療法は重症度に合わせたケースバイケースになるでしょう。

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一酸化炭素中毒にならないための予防法

予防
ときどき、

「一酸化炭素中毒の予防で、空気清浄機を使うのは駄目ですか?」

と質問されることがあります。

確かに、寒い外気はできるだけ避けたいですよね。

窓を開けると湿度も下がるし、結露もできるし・・・、と。

ところが、空気清浄機はハウスダストや花粉などをフィルターにかけて、空気中の浮遊物を減らす機械です。

空気の気体成分そのものを入れ替える機能はないため、一酸化炭素中毒の予防にはなりません。

一酸化炭素は無臭かつ無色であり、無自覚のうちに体に蓄積する気体ですから、症状が出現する前に、定期的に換気をするしか効果的な予防法はないのです。

結局、冷たく乾いた外気を取り込んでもらうしかありませんが、「脳に後遺症を残すような恐ろしい疾患を、単に窓を開けて空気を入れ替えるだけで100%防ぐことができる」と言い換えることもできます。

多少の寒さは我慢して、定期的に部屋の換気を心掛けましょう!

まとめ

冬場のストーブ使用による一酸化炭素中毒について概説しました。

多彩な症状があり、中には死亡例や重篤な後遺症を残すこともあります。

しっかりと予防することをこころがけましょう。

以下、まとめになります。

  • 一酸化炭素は気が付かないうちに溜まってくる
  • 一酸化炭素中毒の重症例では死亡例も報告されている
  • 一酸化炭素中毒では、重篤な後遺症を残す場合がある
  • こまめに換気を行い、一酸化炭素中毒を予防しよう

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